Ⅲ.国産資源活用

国産天然ガスの利用

 国産天然ガスの出荷先は、令和4年でみると、都市ガス用に57%、化学工業用に15%、原油・天然ガス鉱業に8%、電力業に7%、その他13%となっています。地元都市ガスへの供給が多く、また化学工業用(燃料用・原料用)が一定割合を占めています。

 また、国産天然ガスは、パイプラインによって、新潟県から関東甲信越、東北地方まで供給がなされており、北海道では、一部LNG化されて、LNGタンクコンテナやLNGタンクローリによって、内陸の都市ガス等に供給されています。
 
 天然ガスの用途別消費比率は、令和2年度でみると、電力用に60%、都市ガス用に33%、その他7%となっており、電力用・都市ガス用の順となっています。
 LNGは全国各地のLNG輸入基地で受入れ、パイプライン、あるいは内航LNG船、LNGタンクコンテナやLNGタンクローリによって、需要家に届けられています。


国産資源活用の意義

  国産天然ガスは、海外から輸入されるエネルギーに比べ、非常に供給安定性の高い、貴重な国産エネルギー資源です。エネルギーの大消費国であるわが国にとっては、供給源の多様化の面からも、貿易収支の面からも、国産エネルギー資源の活用は極めて重要です。供給している地域においては、まさにライフラインの一翼を担っている重要なエネルギーです。

 また、国内における探鉱開発は、海外においてわが国が自主開発事業を推進していく上での技術的・経済的基盤形成の場でもあり、大きな意義を持っています。国内鉱山において技術を涵養した技術者が、海外プロジェクトにおいても多く活躍しています。

 また、水溶性天然ガスのかん水からは、副産物としてヨウ素を産出します。わが国は、ヨウ素生産量が世界の約3割であり、チリに次いで世界第2位のヨウ素生産国です。資源の乏しいわが国にとって、世界に向けて輸出できる大変貴重な国産資源と言えます。

国産天然ガスの歴史

 石油については、日本書紀に、668年、越後国より天智天皇に「燃ゆる水(燃水)」が献上されたという記述があります。明治初期に、ランプとしての利用のため石油開発が始まり、越後を中心に、信濃、秋田等での生産が行われました。明治後期からは、新潟県で、西山油田、東山油田、新津油田が開発されました、大正時代には、秋田県の黒川油田、昭和前期には、秋田県の八橋油田が開発されました。

 一方、天然ガスは、新潟平野で300年前から存在は知られており、水溶性天然ガスが、竹のパイプを用いて、煮炊き燃料や明かり用として小規模に利用されていました。事業として採取され始めたものとしては、明治33年頃、長野県諏訪ガス田での精米業への利用、明治41年、新潟県長岡町での大口ガス田による都市ガスへの供給があります。現在まで続く事業として最初のものは、昭和7年、千葉県大多喜町での都市ガスへの供給です。その後、戦前から終戦直後まで、新潟市、千葉県茂原市等で開発が行われ、自動車用、都市ガス、工業燃料等としての利用が進みました。

 
戦後においては、昭和30年度から、国による石油天然ガス資源開発5ケ年計画が8次にわたって実施され、構造性の新たな油田、ガス田の発見につながりました。

 

 なお、石油・天然ガス鉱業の歴史に関する資料館としては、次のものがあります。

  「天然ガス記念館」千葉県大多喜町
  ⇒「石油の世界館」新潟県新潟市秋葉区
  ⇒「石油記念館」新潟県出雲崎町
 

ヨウ素とは

 ヨウ素は、体内で甲状腺ホルモンを合成するのに必要であり、人体の必須元素です。海藻類はヨウ素を海水から濃縮しますので、日本人は食生活の中で海藻類から自然にヨウ素の摂取を行いますが、海藻類を食する習慣のない民族、特に大陸中央部ではヨウ素を摂取する機会がほとんどないため、ヨウ素欠乏症による甲状腺異常が発生します。このため、欧米等では、食塩にヨウ素の添加が義務付けられています。

 また、ヨウ素は、殺菌効果や様々な特異な化学反応を起こすことが知られており、医薬品や工業原料としても重要な元素です。用途としては、うがい薬やレントゲン造影剤、殺菌剤、防かび剤、工業用触媒、液晶の偏光フィルムや農業分野で使用されます。さらに最近では、フィルム型太陽電池の実用化が期待されています。

 水溶性天然ガスのかん水はヨウ素を多く含むため、わが国では副産物としてヨウ素を生産しています。わが国のヨウ素生産量は世界の約31%を占め、チリに次いで世界第2位のヨウ素生産国です。約8-9割が千葉県で、約1割が新潟県で生産されています。資源の乏しいわが国が世界に向けて輸出できる大変貴重な国産資源と言えます。
 海底に堆積した砂泥互層中の有機物が微生物で分解され、メタンに変化しましたが、有機物中にヨウ素分が含まれ濃集したものと考えられています。

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